「ディジタル画像情報時代 -画質とCADを中心に-」 藤田広志(岐阜大学大学院)

(日本放射線技術学会東海支部会誌 Vol.9,No.2, 1997. 1 から転写)

ディジタル画像情報時代 -画質とCADを中心に-

    岐阜大学大学院   藤田 広志

 

 1.はじめに
 オーディオも映像も,アナログからディジタルへ.これは,もうどうしようもない時代の流れである.そして,医用画像も決して例外ではない.では,アナログは古く,ディジタルは新しいというイメージがあるが,放射線科で日常取り扱うディジタル画像は,ほんとうに高画質なのであろうか? また,ディジタル画像情報を主体とした放射線科 (Digital Radiology Department) の近未来像はどのようなものであろうか? このような観点から,ディジタル画像の画質(文献1,2)とCAD (Computer-Aided Diagnosis) を中心に,以下に解説する.

2.画像のディジタル化と画質
 DR (Digital Radiography) システムの主な構成要素は,図1のようになる.X線検出器は,CR(コンピューテッド・ラジオグラフィ) では輝尽性蛍光体板(イメージングプレート)であり,DSAではII-TVに相当する.
 ディジタル化は,アナログデータの「標本化」(位置情報のディジタル化で,空間分解能に関係する)と「量子化」(濃度もしくは輝度情報のディジタル化で,濃度分解能に関係する)の二つの過程で実行される(図1).実際には,これに続く「符号化」があり,ここでは近似された整数データが2進数のディジタルデータで表され,コンピュータに入力される.これらの処理は,A/D変換器で実現される.コンピュータにデータが入力されれば,画像処理などアナログの世界では存在しなかった新しいディジタルの世界がある.

図1 DRシステムの主な構成要素とディジタル化の過程

 標本化に対しては標本化定理が存在し,これはどのようなサンプリング間隔(ここでは,簡単に“画素サイズ”と等価とする)でディジタル化するのかの目安を与えてくれる.現在,実用化されているCRでは,最小で0.1mm(100ミクロン)の画素サイズである.胸部の間質性疾患の診断では,0.15mmや0.2mmの画素サイズでは診断ができないとの指摘がしばしばされてきたが,最近のCRでは,胸部撮影用にも0.1mmが可能となった.しかし,これでもまだ必ずしもすべての診断領域で,ディジタル画像の空間分解能が十分というわけではない.例えば,乳房X線撮影などでは0.05mmの画素サイズのシステムが開発されようとしている.なお,ディジタル画像が表現できる最大の情報を空間周波数で表したのがナイキスト周波数であり,これはサンプリング間隔の2倍の逆数で計算される.例えば,0.1mmの画素サイズでは,そのナイキスト周波数は 5 cycles/mm となり,これよりも高い周波数成分の情報はすべて失われてしまう.
 標本化定理に従わないとき,エリアシング誤差(雑音とも呼ばれる)が生ずる.図2は,(a)の画像は“アナログ”に近い小さな画素によるディジタル画像で,(b)の画像は中程度の画素によるもの,(c)は大きな画素によるディジタル画像である.大きな画素になるに従って,高周波成分(左上方)の情報は失われ,また,エッジ部分がボケていたり,ぎざぎざした状態になっている.さらに,特に(c)の画像では,本来アナログ画像には存在しない低周波なパターン(これをエリアス成分といい,特に画像ではモアレ・パターンと呼ばれる)が顕著に出現している.このような極端なエリアス成分が実際の医療画像に現れることはまれではあるが,散乱線除去のグリッドとの位置関係(グリッドの方向や密度などが関係)によっては生ずるので,注意が必要である.一度発生したエリアス成分は,絶対に取り除くことができないからである.

図2 ディジタル化(標本化の相違)による情報の損失とエリアシングの発生

 二つの極端なマトリックス数(画像の縦と横に並んだ画素の数)と画質について,図3に示す.8×8のような極端な例では,胸部の画像であることさえ判定が困難になる!

図3 マトリックス数(空間分解能)と画質

 なお,以上は空間軸方向の標本化であるが,DSAなどのようにいわゆる動画像では,時間軸方向(時間分解能)の標本化を考慮する必要がある.これは,1秒間あたりに何コマの画像を収集するのかで,評価される.
 量子化については,10~12ビット,すなわち1024~4096の階調(濃淡の変化の数)で実行されるのが最近の装置の傾向であり,量子化に伴う誤差(量子化誤差)は無視できるといえる.実際,人間の目が識別できる濃淡の数は128~256程度といわれるが,X線画像に特有な淡い陰影の認識や画像処理のことを考慮して,このような階調数が採用されている.図4に,両極端な量子化と画質について示す.4階調ではとうてい医療診断はできない!

図4 量子化レベル数(濃度分解能)と画質

 なお,ディジタル化に伴う画質について簡単に上記に説明したが,従来のアナログ(増感紙-フィルム)系と同様に,ディジタル系においても「コントラスト」,「鮮鋭度(解像特性)」,「粒状性(ノイズ特性)」は画質の重要な3要素である.ただ,ディジタル系はシステム構造が少し複雑になり,これらの要素をより注意深く検討しなければならない.


3.CRの入出力特性
 ディジタル系における入出力特性として,入射線量(相対値)と画素値(ピクセル値)との関係がしばしば用いられ,これは“ディジタル特性曲線”と呼ばれる.あるCRで測定されたディジタル特性曲線の例を,図5に示す.図からわかるように,増感紙-フィルム系に比べてダイナミックレンジが非常に広く,また広い範囲にわたって直線性が成り立つことがわかる.

図5 CRのディジタル特性曲線の例(文献3)

 特性曲線の測定法は,従来の距離法(逆2乗法)でも測定できるが,ディジタル系に固有な点として,測定が簡便な「タイムスケール法」が用いられることがあげられる.これに対し,増感紙-フィルム系では,フィルムの相反則不軌の現象のためタイムスケール法は使用できなかった.なお,タイムスケール法の使用にあたっては,X線発生装置のタイマーと線量との関係をあらかじめ測定し,非線形性があれば補正する必要がある(文献4).
 このような特性曲線は,アナログ系の場合と同様に,MTFの測定時などに,データの「線形化」の手段にも用いられる.


4.CRの解像特性
 図6に,コンピュータに画像データが入力されるまでのCRにおける画像形成過程を示し,解像特性(MTF)の構成要因を示す.すなわち,イメージングプレート(IP)自身,イメージングプレートにレーザビームを照射して潜像を取り出す画像読取機,および電気系などである.

図6 CRの画像形成過程と画質への要因(文献5)

 イメージングプレート自身の解像特性は,増感紙の場合と同様に,蛍光体層におけるX線の散乱による広がりが原因である.読取機の解像特性では,レーザビームのもっているある大きさ(サンプリングアパーチャ)自身によるボケと,そのレーザビームのイメージングプレート内の蛍光体層における散乱による広がりが主な原因である(図7).この点は,従来のアナログ系と大きく異なる点である.電気系では,回路自身の特性や,エリアシングを除去するフィルタ(アンチエリアシング・フィルタ)などが,解像特性に影響する.

図7 レーザビームの広がりによるCR解像特性の劣化

 基本的に,ディジタル系では位置不変性が成り立たないので,MTFの理論を厳密には適応できない.例えば,図8に示すように,従来の手法でディジタル系のMTFを測定すると,エリアシングのためにナイキスト周波数を境にそれ以上の周波数領域でMTFが向上したり,それ以下の周波数でもある幅をもったMTFが得られる.これは,決して解像特性が良くなったことを意味しているわけではないので,注意が必要である.そのため,ディジタル系では,アナログ成分のMTFとサンプリングアパーチャのMTFの積で構成される「プリサンプリングMTF」で評価するのが,最も信頼性が高い解像特性の評価法であることがわかっている.

図8 ディジタルMTFの例(文献3)

 図9には,CRの高解像度のイメージングプレート(HRタイプ)のプリサンプリングMTFと,乳房撮影用の片面増感紙-フィルム系のMTFを示す.両者には大きな差が見られる.この差を補う一つの方法として,拡大撮影が考えられ,単純計算して求めると2.5倍の拡大撮影の導入によって,両者の特性はほぼ一致する.

図9 マンモグラムにおけるMTFと拡大撮影(文献3)

 なお,画像処理,特にCRで用いられる周波数処理(アンシャープマスク処理)によってこのような解像特性は強調される.


5.CRのノイズ特性
 図6には,CRにおけるノイズの構成要因も示してある.解像特性と同様,アナログ系の場合以上に構成要因が増え,複雑化しているのがわかる.すなわち,X線量子ノイズ(モトル),イメージングプレートの構造ノイズ,輝尽発光光の光量子ノイズ,電気系のノイズ,量子化ノイズなどが主な要因である.このうち,構造ノイズ,電気系ノイズ,量子化ノイズは入射線量に依存しない固定(一定)ノイズである.また,最終的には表示系のノイズなどもさらに加わる.これらの中では,CRにおいても患者被曝線量の観点から照射X線量を極力コントロールするため,「X線量子モトル」が支配的である点についてはアナログ系と変わりない.また,高線量領域では構造ノイズが支配的となり,この領域では線量を増加していもノイズ特性はまったく改善されないので,注意が必要である.
 なお,画像処理によって,これらのノイズの程度が強調されたり,逆に低減されたりする.


6.DRで考慮すべきその他の話題
 1995年のRSNA(北米放射線学会)では,新しいDRの新製品として,D社によってDR(この場合は,Direct Radiography と命名されていた)が発表され,話題になった(図10).これは,アモルファス・セレンを主なX線検出器に使用するもので(TFTアレーやセレンX線光コンダクタを使用),X線を直接電気信号に変換するため,上記のようなCRの解像特性の欠点(レーザビームの広がりによるボケ)が大きく解消される.実用化については,もう少し時間がかかるようであるが,この技術は将来有望視されており,CRの強敵になりそうである!

図10 新しいDRの構造(文献6)

 DR画像に関しては,上記の他に,画像圧縮の問題やCRT診断などがあげられる.0.1mmでサンプリングされた胸部X線画像は,1枚で約40MBにもなり,フロッピーディスクが約40枚分になる.現時点では,画質の劣化のまったくない圧縮である「可逆圧縮」しか容認されていないが,圧縮率はせいぜい1/3までである.今後,画質の劣化を伴うが圧縮率が大きい「非可逆圧縮」の採用が期待される.しかし,その導入には慎重な対応が望まれる.同じ圧縮率でも,圧縮の手法によって画質の劣化度が大きく異なる.最近話題のウェーブレット解析を適応した新しい圧縮方式なども期待されている.CRT診断については,表示輝度,表示の解像度(マトリックス数),表示スピードなどの問題がある.しかし,早晩,遠隔診断や集団検診など,今後限定された使用から始まりそうである.これらについては,現在厚生省が検討中のようであるが,十分な調査や研究が望まれる.
 ディジタル画像を使用する利点の一つに,画像処理の利用による医師の診断能の向上が期待される.だた,医用画像分野における本格的な役立つ画像処理の手法はまだ少ない.CTやDSA装置などで使用されているウィンドウ処理や,CRで使用されている階調処理と周波数処理ぐらいで,今後のさらなる研究・開発が望まれる.


7.CADへの期待
 いわゆる画像処理(まだ受動的であるといえる)に対して,もっと能動的(active)に画像処理技術を利用するものとして,コンピュータが直接的に医師の診断の一部にまで関与するものが考えられ,これがコンピュータ診断支援(CAD)システムである.従来,工学的には自動診断という研究テーマで研究が進められてきていたが,自動診断は当面期待できそうにない.これに対して,シカゴ大学の土井教授らが放射線医学領域に最近大きな影響力を与えているのがCADであり,これなら医師にも受け入れられるし,当面の工学的な技術力で実用化が期待できそうである.
 すなわち,CADとは診断に関与する「医師が最終的な診断を行う」ものである.ただし,このときにその医師が,コンピュータによる病変部位の自動検出結果や定量的な解析結果を,「第2の意見」として参考にするものである.コンピュータはいわば補助者としてのパートナーである.これによって特に期待される効果は,医師の病変の見落としによる誤診を防止することによって,診断の正確度が向上される点である.また,性能が良くなれば,集団検診における2重読影の一回分をコンピュータに任せることも期待される.
 これまでに,医用画像においてこのようなコンピュータによる画像処理のシステムが実用化されたケースは1件のみであり,これは血球の自動分類におけるものである(文献7).まして,放射線画像の分野では,このような成功例は全く見られない.すなわち,医師の診断に関与しうるシステムの構築は,技術的にも非常に難しいということである.
 しかし,最近のコンピュータ自身の処理スピードなどの性能の向上,ニューラルネットワークや遺伝的アルゴリズム(GA)などを応用した画像処理技術の進展,人工知能研究の進歩などによって,実用化が間近に期待できるX線画像分野におけるCADが出現してきた.これは,乳房X線写真におけるCADシステムであり,シカゴ大などを初めとする欧米諸国や,またわれわれを初めとする国内でも研究が進んでいる.
 図11は,岐阜大学におけるわれわれのグループが開発中のマンモグラムCADシステムの構成図であり,その処理の流れを図12に示す.詳細は文献8と9を参照されたい.

図11 岐阜大学マンモグラムCADシステムの構成図

図12 マンモグラムCADシステムの処理の流れ

 CAD研究が進んでいる診断領域は乳がん診断領域に限らず,肺がん(単純X写真,ヘリカルCT)や胃がんなど,さまざまな領域に広がっており,またX線に限らず超音波,MRI,RIなどいろいろある.今後の発展が楽しみな研究領域の一つである.


8.おわりに
 いわゆるデジタル(あえてここでは,ディジタルといわず訛った発音でデジタルとしよう)カメラ(略して,“デジカメ”)が最近よく売れており,また新製品が次々と発表されている.従来のアナログ(フィルム)に比べて,決して画質は良くない.しかし売れている.ここをよく考える必要がある.以前,DSAが開発されたときにも,画質はフィルムに比べて格段に悪かったが,使い良さ・便利さが普及の大きな要因になったようである.実際,デジカメを筆者も購入したが,記念撮影ぐらいには十分であり,いわゆるアルバムは電子アルバムになり,また画像処理によって修正ができる.また,電子メールに添付して世界中の誰にでも簡単に送って見せることができる.その場で撮影画像をチェックして,取り直しができ,音声の録音ができる機種もあるなど,画質の悪さを凌駕する因子はたくさんそろっている.売れると次にはさらに性能の良いものが開発され,フィルムの画質(特に鮮鋭度)に近づくのもそんなに遠くはないであろう(これはCRの現状と似ている).
 放射線医学の現場でも,情報化革命の波からとうてい逃れることはできない.従来の増感紙-フィルム系において,ユーザが画質を評価し,その結果メーカの品質改善が進んできたように,ディジタル画像についてもその画質はユーザによって絶えず評価し,問題があればメーカ側にクレームを付ける姿勢が望まれる.時代はアナログであれディジタルであれ,放射線被曝を伴う放射線画像1枚のもつ“重み”は非常に大きい.また,CADを初めとして,今後の医療分野の積極的な情報化には,大きな期待を伴うが,デメリットも存在し,これらを絶えず慎重に見守っていく現場のユーザの努力が望まれる.


文  献
藤田広志(編著):ディジタルラジオグラフィの画像評価 ,放射線医療技術学叢書 (7),日本放射線技術学会出版委員会発行,京都 (1994).
藤田広志(分担):画像工学(医用放射線科学講座第13巻),医歯薬出版,東京,印刷中 (1997).
H.Fujita, J. Morishita, K.Ueda, et al.: Resolution Properties of a Computed Radiographic System, Proc. of SPIE - The International Society for Optical Engineering, Medical Imaging III: Image Formation, Vol.1090, 263-275 (1989).
杜下淳次,藤田広志,坂本 清,他:コンピューテッドラジオグラフィの特性曲線の測定(II),医用画像情報学会雑誌,6 (1), 25-33 (1989).
E. Ogawa, S. Arakawa, M. Ishida, H. Kato : Quantitative Analysis of Imaging Performance for Computed Radiography Systems, Proc. of SPIE, Vol. 2432, 421-431 (1995).
D. L. Lee, L. K. Cheung and L. S. Jeromin : A New Digital Detector for Projection Radiography, Proc. of SPIE, Vol. 2432, 237-249 (1995).
日本医用画像工学会(監修):医用画像工学ハンドブック,篠原出版,東京 (1994) p.151 - p. 153 .
藤田広志,遠藤登喜子,原 武史,他:乳房X線写真におけるコンピュータ診断支援システムの開発,映像情報 (Medical),26 (6),357-365 (1996).
藤田広志:マンモグラフィのコンピュータ診断支援装置の原理,日本乳癌検診学会誌,5 (2),135-147 (1996).

連絡先
 〒501-1193 岐阜市柳戸1-1
 岐阜大学工学部応用情報学科
 教授 藤田広志
 TEL 058-293-2742,FAX 058-230-1895
 e-mail : fujita@fjt.info.gifu-u.ac.jp
 home page : http://www.fjt.info.gifu-u.ac.jp/
オリジナル出典:日本放射線技術学会東海支部会誌 Vol.9,No.2,1997. 1 (p.16-p.25)

 

投稿者 lee : 2005年06月18日 11:24